寛容であるとはどういうことか

ヒンドゥー教を通して見る多様性と寛容

赤松 明彦 AKAMATSU Akihiko
京都大学白眉センター センター長
京都大学名誉教授

講義概要

インドでは、紀元前500年頃から様々な宗教が共存してきた。そして原理主義が広がりを見せる現代においても通常は平穏に共存している。このような状況は「インド的寛容」と言われる。しかしこの「インド的寛容」は、他者の容認ではなく(もちろん排除でもなく)、単なる不干渉の態度だとも言われる。あるいは相対主義と言われることもある。相対主義はローカルな価値の多様性を積極的に認めるものであるが、その境界では干渉が生じ、対立が生まれるだろう。しかし価値が重層するインド社会では、その干渉が意図的でない限り対立は通常は生じない。本講義では、この「インド的寛容」についての様々な言説や事例の検討を通じて、寛容であることの意義を考えたい。

世の中をどのように変えるのか、どんなインパクトがあるのか

寛容でありたいと思う。不寛容であることがあたかも正義であるかのような言説が横行し、容認と排除の単純な二項対立によってしか世界のあり方が語られないような現代において、寛容であることは如何にして可能か。不寛容の時代にあって、どうすれば寛容であり続けることができるのか。寛容であることは、社会的リーダーにとっては不可欠の徳目である。すなわち、社会的強者こそが寛容でなければならないのであり、それこそがリーダーの矜持というべきものであろう。インドでは、古代から、「弱肉強食」は非人間の原理とされてきた。そのインドでも昨今は不寛容の言説が横行している。真に多様性を認め合う社会の実現のためには、寛容の精神こそが不可欠である。

講師プロフィール

経歴

1953年京都府宇治市生まれ。1972年京都大学文学部哲学科入学。1981年、フランス政府給費留学生として京都大学大学院文学研究科からパリ第3大学第3期博士課程に留学し、1983年に同大学でインド学における博士号を取得した。帰国後、京都大学人文科学研究所助手を経て、1987年から九州大学文学研究科助教授、同教授。2001年〜2018年京都大学大学院文学研究科教授。その間、2010年4月〜10月文学研究科長・学部長。同年10月〜2014年9月京都大学理事・副学長(学生担当)。2018年定年退職、名誉教授。現在、京都大学白眉センター長・特任教授。

著書

『ヒンドゥー教10講』岩波新書(2021年)、『インド哲学10講』岩波新書(2018年)、『バガヴァッド・ギーター:神に人の苦悩は理解できるのか? (書物誕生―あたらしい古典入門)』岩波書店(2008年)、『楼蘭王国:ロプ・ノール湖畔の四千年』中公新書(2005年)。サンスクリット原典からの翻訳書として、『古典インドの言語哲学 1、2』東洋文庫(1998年)など多数。