日本人の死生観の行方

生老病死を積極的に見詰める

カール ベッカー Carl BECKER
京都大学学際融合教育研究推進センター
政策のための科学ユニット 教授

講義概要

江戸時代までの日本人は、疫病が外からやってくる、目に見えぬ怨霊や疫神(えやみのかみ)のセイとして、注連縄で境界線を守り、村内を清めたり、疫神の姿を取る人形を流し出したりしていた。現代人も、外からやってくる、目に見えぬウイルスから如何に国境を守り、国内を消毒できるかに挑戦しているところである。但し、我々は疫病が怨霊や疫神の悪戯として片付けられず、かなり人間の責任に因るものであると認識しつつあ
る。古代人も現代人も急性病を恐れ、注目しがちだが、実は、中期・長期の病は死亡率が高く、また日頃から予防可能である。医療福祉でも、在宅介護の暴力、病院看護の燃え尽き、医療赤字や医事訴訟など、問題が山積しているが、その解決の為にも人文系の研究が貢献できる側面に注目したい。働く人間にとっては、最終悪は身体的な死よりも、生きがい感の損失や、精神的疲弊ではなかろうか。生老病死を考えることによって、より人間的な価値観が浮き彫りになる。

世の中をどのように変えるのか、どんなインパクトがあるのか

世の中を変えるのは、科学技術そのものよりも、人間の願望(=価値観)であろう。スマホや自動車が社会を変えたというよりは、「使いたい」という願望(=価値観)が生じて初めてスマホや自動車が売れ、社会を変えることになる。ただ、スマホや自動車を増やしたところで、インターネット依存症や公害のような問題も生じる。つまり技術で世を変えることが100%望ましいとは限らないのである。燃費が良い最近の自動車には、最新技術だけでなく、運転の仕方と運転手の価値観も変えるフィードバック・システムが導入されている。産業の利益追求で物の見方や生きがい感を歪曲するよりは、誇りに思える物の見方や生きがい感を基盤として、それに見合う物を作る方が、金銭的利益のみならず、納得行く未来の生き方につながる。流行病、末期疾患、食料危機などを考えると暗くなると言う人もいる。しかしリスク論はそれらの危険を予防・軽減するためにある。先見の明を持てば、リスクが最も高い、普遍的な危険性をもたらすものを、事前に認識し、避けることもできるであろう。生老病死の苦を考えておいて初めて、有効な対策を選択・実践し、持続可能な健康維持を目差せる。そこから生まれる価値観こそ、世の中を変えると期待する。

講師プロフィール

経歴

1981年ハワイ大学大学院哲学研究科修了、哲学博士( ハワイ大学)。1981年南イリノイ大学哲学科助教授。1983 年大阪大学文学部外国人講師。1986 年ハワイ大学教育学部助教授。1988 年筑波大学人文学類哲学思想系外国人教師。1992年京都大学教養部助教授。2003 年京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2007年京都大学こころの未来研究センター教授。
諸文化の宗教( 死生観・倫理観)を理解し、治癒方法、倫理道徳、価値体系等の研究を通じて、日本独自の新しい対応方法の可能性を探求している。最近は、医療倫理学、バイオエシックス( 環境倫理学を含む生命倫理学)の問題を中心に研究を進めている。西洋医学の終末期治療等に対し、東洋思想の立場から「離脱体験」研究を行い、全米宗教心理学からアシュビー賞を、1986 年に国際教育研究会(SIETAR)から異文化理解賞を、2018 年にモスクワ精神分析大学院から名誉博士号を授与された。「日本的」な医療倫理と教育実践を目指し、生きがい感と自殺防止の関わり、患者中心のインフォームド・コンセント、事前指示、ホスピス、ターミナル・ケアや葬儀等の研究に取り組んでいる。

著書

『生と死のケアを考える』法蔵間(2000 年)、『愛する者の死とどう向き合うか』晃洋書房(2009 年)、『愛する者は死なない―東洋の知恵に学ぶ癒し』晃洋書房(2015 年)、『愛する者をストレスから守る』晃洋書房(2015 年)、『佛教と医療の協力関係』自照社出版(2018 年)他多数。