文化冷戦と科学技術

アメリカ対外情報政策の影響と限界

森口 由香 MORIGUCHI Yuka
京都大学大学院人間・環境学研究科 教授

講義概要

本講義は、拙著『文化冷戦と科学技術―アメリカの対外情報プログラムとアジア』に描かれた事例を紐解きながら、より本質的な問題として「科学技術と政治・社会との関係」や(特に20世紀後半を通してアメリカが主導した)「近代化の功罪」等について考えることを目的とする。具体的には、例えば以下のような問題について考察を行いたい。(ただしここに挙げたものに限らない。)
・「序章」にあるブルーノ・ラトゥールの科学と政治をつなぐ「継ぎ目のない網の目」とは何か。
・文化史と政治史はなぜ分断されてきたのか。両者を架橋することにどのような意味があるのか。
・第3章、第4章で扱った原子力「平和利用」と核兵器開発との関係は。
・アメリカの原子力技術の輸出(日本へのGE社製軽水炉も含めて)の意味は。
・第7章で扱った宇宙開発について、現代の宇宙開発競争に通じるものは。
・パンデミックは、科学技術と社会の関係をどう変え、どのような教訓をもたらしたか。

世の中をどのように変えるのか、どんなインパクトがあるのか

近年、すぐに見える形で「数値化」した成果を出すことが、全ての学問に求められる傾向がありますが、私の研究は最もそうした形で示しにくい分野の一つかも知れません。目に見える「モノ」の開発とは異なり、歴史学が世の中に与えるインパクトは緩やかで、気付かないうちに起こります。少しずつ起きる地殻変動のように、いつの間にかジワジワと進行するパラダイムシフトの一角に、私の研究がほんの少し貢献できたら嬉しく思います。
歴史がHe + Story として(西洋)男性の英雄たちの物語であった時代から、「文化史」「社会史」「女性史」「環境史」などの諸分野が生まれたことで、国境が絶対不変の概念ではないことや、人種やジェンダーが社会的に構築されることや、科学が政治から中立ではないことが解き明かされてきました。これらの考え方が今では社会にかなり広く浸透していることが、歴史研究が残してきた「インパクト」ではないかと思います。

講師プロフィール

経歴

大学を卒業して外資系企業で働いた後、アメリカの大学院に進学。修士号を取得して広島大学助手に就任しましたが、フルブライト奨学生として再び渡米し(今度は子連れで)、ミネソタ大学で博士号を取得。留学終盤に愛媛大学への赴任が決まり、13年勤務した後、5年前に京都大学に移籍。単線的に学者への道を歩まなかったことで実質的な研究生活が短くなったものの、色々な風景を見て来たことは人生の財産になりました。
修士課程では外交文書を用いる「実証歴史学」の手法を実地に学び、首都ワシントン近郊で公文書館漬けの毎日を送りました。この時の経験が今日の私の研究を支えています。博士課程では「アメリカ研究」という学際的な分野で、公文書だけではなく日記・文学・聞き取り調査など、様々な手法を用いた歴史研究を学びました。「留学生」として特別扱いせず対等に扱ってくれた大学院生仲間、そして子育てと研究を両立する女性のモデルを示してくれた指導教員に感謝しています。
残りの研究人生で、やりたいことが多くあります。まず取り組んでいるのは「海洋史」のプロジェクトです。偶然の経緯から、四国の太平洋岸で遠洋漁業者への聞き取り調査を始めました。年配の漁業者のお話は、冷戦期の歴史を塗り替えるようなインパクトがあります。捕鯨⇒カツオ漁⇒マグロ漁と代々続いてきた船主さん・漁師さんとの対話をもとに、辺境の地や海の上で人生の大半を過ごしてきた人々の眼から見た歴史を書きたいと思っています。

著書

『文化冷戦と科学技術―アメリカの対外情報プログラムとアジア』京都大学学術出版会 (2021年)など。